さいがわの雑記帳

思うこと。

お殿様不在時の前橋(厩橋)において あくまでも想像です

 昨年末以来神社仏閣巡りを何故かしている私です。

 地元の神社の由来等を調べるのが面白かったりしてます。

 

 前橋の伝説・歴史を調べるに当たり利根川河畔に立つ虎姫観音堂の「お虎」の伝説はとてもとても悲しく有りました。利根川が氾濫し城を放棄せざるをえない事になったのもお虎の祟りだとか。

 また、1749年姫路から松平のお殿様がお連れになった長壁神社の「長壁様」は、洪水から城を守れなかったという事で、1767年前橋に置き去りにされてしまいました。

 

 と。いうことで以下想像(^^;)

 

~~~以下物語風~~~

 

 『長壁様の独白』

 「無理無理無理!絶対に無理!」

 大水で崩れていく河岸の崖にはお虎の強い怨念が込められていました。

 いくらお殿様からの願いでも、大自然の力をも自分の見方に付けるお虎には、敵いません。

「少しお話だけでも」

「そういう事が有ったのですか・・・」

「お城が壊れちゃう」

「え?わたしおいてきぼり?!」

「川越に連れてって」

「エ~ン!川越に行きたいよ。誰か連れて行ってよ。エ~ン!」

 シクシク(?)泣く長壁様の声を聴いたお虎は我に返りました。

 自分の行いの為に泣いている人(神だけど)がいる。

 周りを見れば陣屋支配になりしょげ返っている民達。

 元は気立ての良い娘だったお虎さん。

 前橋が繁栄すれば皆に笑顔が戻ることにに気づき、復興に協力する事にしました。

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 写真長壁神社

 ~~~以上物語風~~~

 

 う~ん。

 自分にはお虎さんと長壁様が仲良くなったとしか思えません(^^)

 下記の治水事業の成功もこのお二方のお陰だと思ってます。

 

 前橋城の再興には利根川の治水が最大の懸案事項でしたが、1831年川越藩藩士 安井与左衛門(安井政章)氏の功績により流路が変わり河岸を浸食する事も無くなったそうです。この安井氏、飢饉の時には上司の反対を押し切ってまで藩の貯蔵米を領民に分け与えたそうです。

 
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今でもルナパークの飛行塔の側に顕彰碑が建てられております。

 死後70年経ってから前橋の有志に建てられた碑は大きく見事なモノです。

 ルナパーク。お虎が淵が有った場所といわれています。

 そこに堂々とした石碑。なんとなく当時の人の粋を感じました。

 

 

 そして、生糸の輸出で富を得た町民達、もちろん赤城山南麓には桑畑が広がっていたことと思います。

 99年ぶりにお殿様を迎えた領民も嬉しかった事と思いますが、長壁様こそ嬉しかったに違いないと思います。